あいなかまのお役立ち情報が、裁判例を紹介する理由と裁判例の読み方。
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私は、記事の中で、裁判例について事案を含めて言及することが多くあります。
それは、インターネット上の情報はどうしても根拠が薄い印象を与えたり、サイトごとに書いてある内容が違う印象を与えたり(実際には、事案が異なるだけで、どちらも正しいこともあります)することがあるからです。
また、ケースによっては、明確な根拠なく正しいかどうかわからないまま話が出回っていることがあります。
そこで、今回の記事では、裁判例とは何か、裁判例の読み方について解説したいと思います。
裁判例とは何ですか。
裁判例とは何か
一般に、裁判例とは、過去に裁判所が判決をしたものをいいます。
裁判所のホームページにも、裁判例検索システムがあり、その他判例雑誌も多く出ています。
判決は公開されているのですが、すべての裁判例がデータベース化されているわけではなく、判決がされたもののうち重要と思われるものが判例雑誌に公刊されたり、裁判所で開示されたり、重要と思われる判例を弁護士が提供したりします。
昭和でパソコンが普及していなかった時代であればともかく、現代であれば少なくとも請求の趣旨や結論は全件裁判所で(個人情報に配慮した形で)データベース化すべきだとも思うのですが、そのような運用にはなっていません。
そのため、裁判例といった場合には、すべての裁判所の判決を意味するのではなく、公刊された重要な意味を持つと考えられるもののみをさしていることが多いといえます。
裁判例の価値
裁判所が判断する場合、過去に似たような判決がされている場合には、その内容を検討します。それは、今回の判断の参考にするという意味とともに、できれば裁判所としては裁判所ごとに判断がぶれる(その結果予測可能性が害されて社会活動に悪影響を及ぼす)ことを避けたいからといえると思います。
なお、最高裁がした裁判の判決(特別に「判例」といいます)は、最高裁判所が日本における法解釈の統一という特別な役割をおっていることから、極めて重要な意味を持ちますが、今回は省略します。
裁判例の内容
裁判例には、様々な内容が記載されていますが、今回の記事との関係で重要な部分は、裁判所の判断(主文)と、認定された事実と、争点に対する判断の3つになります。
そのほか、複雑なケースでは、双方の主張が整理されて記載されていることもあります。
裁判例の読み方
抽象的な話では分かりづらいので、「有責配偶者からの離婚請求が認められる場合がある」(不倫した側からの離婚が認められる場合がある)と判断した最高裁の裁判例を例に、ご説明します。
判断の結論
まず確認すべきは、争点に対する結論です。上の例でいえば、有責配偶者からの離婚請求が認められる場合があるかどうか、です。
有責配偶者からされた離婚請求であつても、…当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできないものと解するのが相当である。
中略した部分には、どのような場合であれば認められるかが指摘されています。
どのような場合かについては、以下の3つと指摘されています。
夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及ぶこと。
その間に未成熟の子が存在しないこと
相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められないこと
このように、判断部分と、どのような場合かが指摘されている場合には、それも併せて読みます。
判断の理由
ここまでの部分については、ニュースでも取り上げられることがある程度の内容で、インターネットでも調べればすぐに出てきます。
しかし、これだけでは、なぜ最高裁判所がこのような判断をしたのかがわかりません。ただわからないだけならいいのですが、それではどのような場合に適用されるのか(今回であれば、上の3つの場合がどのような場合か)わかりませんし、その理由によってはその他の判断にも影響を及ぼす可能性があります。
そこで、さらに裁判例を読み進めます。それが、その判断に至った理由の部分です。以下に引用します(長いので改行を加えました。)。
思うに、婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもつて共同生活を営むことにあるから、夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失するとともに、夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態に至つた場合には、当該婚姻は、もはや社会生活上の実質的基礎を失つているものというべきであり、かかる状態においてなお戸籍上だけの婚姻を存続させることは、かえつて不自然であるということができよう。
その後に、信義誠実の原則に触れていますが、長くなるので省略しました。今回、不倫した側からの離婚を認めた大きな理由は、婚姻の本質からいって、実態がないのに戸籍上だけの婚姻を存続させることが不自然だ、ということになります。
この理由を見ると、裁判所は、婚姻において、夫婦の共同生活を重視していることが判ります。これは、現在の、(不倫がないケースで)別居が長期間に及んだ場合に離婚が認められるという考え方に非常に親和的です。
また、この理由を見ると、最高裁判所が離婚できる場合の一番初めに別居を指摘していることの理由がわかると思います。
さらに事例を見る
ここまで理解すると、裁判所の判断を一応理解しているとはいえますが、さらに事案を見ていきます。
裁判所の判断は、その判断がされた事案に左右されることがままあり、特に古い裁判例では、つい大ぶろしきを広げた判断をしてしまい、後に判例が変更されることもあります。
この裁判例の関係でいえば、過去に「有責配偶者からの離婚請求は認められない」という判断がされたことから、この裁判例のように、判例変更がなされています。
そのため、事案を読むことは非常に大切です。
本件では、別居期間が36年に及んでおり子どもがいないようです。
その他詳細な事情は認定されておらず、上記の3つのうち2つを満たしているため、特段の事情の有無につき判断するために原審へ差し戻しとなっています。
また、離婚に伴う財産上の給付の点についても会えて言及がされており、最高裁判所としては、金銭の交付で解決すべきだという考えを持っていることが透けて見えます。
この部分を読むと、この裁判例からは、長期間がどの程度か明確にはわかりませんが、金銭的な交付が特段の事情の判断に影響していることは読み取れると思います。
他の裁判官の意見を見る。
最高裁判所の判決の場合には、多数派の判断のほか、必ずしも意見を同一にしない裁判官や、補足が必要だと判断した裁判官が、意見を付することがあります。
補足意見は、最高裁判所の判断の行間を埋める記述がされていることもありますので非常に重要ですし、その他の意見も、裁判例の理解を深めるという観点から非常に重要です。
原審を読む。
今回の裁判例など、高等裁判所や最高裁判所が判断した判決を読む場合には、可能であれば原審(地方裁判所などが判断した内容)を確認します。公開されていないケースもあります。
これは、細かな事実関係については、最高裁判所や高等裁判所の判決文では触れられていないことが多く、これを確認する必要があることと、どのような判断がされてそれに対して最高裁判所や高等裁判所がどのように判断を変えたのかを理解することで、裁判例の重要な部分が分かりやすくなるからです。
小括
ここまでが、この裁判例のとりあえずの読み方になります。インターネット上の解説では結論部分のみがほとんどです。専門書を読んでも、必ずしも事案には十分触れられていないケースもあります。
その場合には、弁護士は、判例を自分で読む、という作業を行います。
さらに理解を深める
判例評釈を読む。
有名な裁判例には、解説が書かれています。解説は学者や弁護士、裁判官が書いていますが、これまでの判決が整理されている、諸外国の制度が紹介されている、学説が整理されているなど、読めば読んだ分だけ、理解が深まります。
特に、裁判例が整理されているものは、似たような判断がないかを調べることができるため、実務上は非常に役立ちます。
また、解説は、事実関係を整理してあるため、昔の判決であれば、解説を読んでから判決文にあたる方が早く理解できます。
さらに過去の判断と比較
上で書かれた理由は比較的明快ですが、必要があれば、過去の判断の裁判例と比較します。今回であれば、過去の最高裁は以下のように判断しています。
原審の認定した事実によれば、…上告人さえ情 婦との関係を解消し、よき夫として被上告人のもとに帰り来るならば、何時でも夫婦関 係は円満に継続し得べき筈である、即ち上告人の意思如何にかかることであつて、かく の如きは未だ以て前記法条にいう「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するものとい うことは出来ない…結局上告人が勝手に情婦を持ち、その為め 最早被上告人とは同棲出来ないから、これを追い出すということに帰着するのであつ て、もしかかる請求が是認されるならば、被上告人は全く俗にいう踏んだり蹴たりであ る。法はかくの如き不徳義勝手気儘を許すものではない。
これと、今回検討している裁判例の理由を比較すると、「不徳義勝手気儘」を許さないという点では共通しているといえますが、今回の裁判例は、婚姻の本質を重視しているということはできると思います。
裁判例を細かく紹介する理由
その他、色々と読むべきものはありますが、とりあえず裁判例の読み方としてまとめてみました。
そのうえで、私がいろいろな記事で裁判例を細かく紹介するのは、結論部分だけを引用するのでは、裁判所が判断した本当の部分を理解できないだろう、という思いと、結論を知るだけでは身近な司法とはいえないだろう、という思いからです。
前者は、これまで説明してきたとおりです。
後者の部分は、結論だけでは、その結論がいい、悪いという話はできても、なぜそうなのか理解できません。これは、「おかみの判断には従え」という意識につながり、裁判が遠い存在になってしまうと思います。
裁判所がどのような事案で、どのような理由からどのような判断をしたかを理解いただき、それを踏まえて議論をすることで、身近な司法が実現できるのだと思っています。
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