裁判例から知る不貞行為の証拠の見方。メールなどのやり取りから立証が難しいとされる理由をご説明します。

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 この記事では、不貞行為の有無が争われた比較的最近の裁判例をご紹介します。

 メールの証拠を、どのように判断すればいいのか、という点で、非常に参考になると思います。

事案の概要

 (刊行されている裁判例ですが、プライバシーに配慮し、一部内容を抽象的に記載します)

裁判の内容

 (東京地方裁判所平成31年(ワ)第10147号)

 夫である原告が、原告の妻であるAと不貞行為をしたとして、男性である被告(Aとは会社の同僚)を訴えた事案です。

 原告は、Aと被告は長年にわたり不貞行為を続けていたと主張し、被告はこれを否認(否定)しています。

証拠

 被告とAとの間の不貞行為の証拠として、

  •  平成●年11月頃からクリスマス、正月にかけての親密な交際を示唆するメール
  •  自宅から発見された上記期間のラブホテルの利用明細書(ただし、利用日に被告とAがやり取りしたメールは証拠となっていないようです)
  •  都内某所で利用した飲食代金の記載と思われるメモが記載された平成●年前後のAの手帳

などが提出されています。

争点

 提出された証拠などから、被告とAが、不貞行為を行っていたのかどうかが争点となり、この点について、裁判所の判断が示されました。

裁判所の判断

被告とAとの関係について

 裁判所は、証拠から、

  •  平成●年10月に被告とAが会う約束をしていたこと
  •  被告とAが「愛情」などの言葉を用い、親密なメールをしていたこと
  •  被告とAが、平成●年11月及び同年12月に都内某所で会う約束をし、実際に会っていたこと
  •  被告とAが、「愛しあって」などの言葉を用い、非常に親密な内容のメールを交換していること
  •  被告とAが、スポーツの試合を見に行く約束をしていたこと

などが認められるとした上で、

 しかしながら、これらを併せても、被告とAが、非常に親密な関係にあり、また、会うことがあったことは認められるものの、それを超えて不貞行為を行っていたことまで推認できるとはいえない

 と判示しています。

Aが有していた利用明細書やAの手帳について

 また、利用明細書やAの手帳については、

 …これをもって、Aが被告とともにホテルを利用したと認めることはできない。…Aが都内某所のホテルを利用したことや、当時被告がすんでいた都内某所を訪れたり、同所に宿泊したりしたことは窺われるものの、そのことから被告とAが不貞行為に及んだと推認するのは、飛躍があるといわざるを得ない。

上記事実認定について

 日常生活であれば、上記事実関係からすれば、被告とAが不貞行為を行っていたと考えるのは、無理もないことと言えるかと思います。

 つまり、Aがしばしばラブホテルを利用していたこと、この頃、Aと被告が極めて親密なメールのやり取りを繰り返していたこと、Aがしばしば被告の最寄り駅を訪問し、そこに宿泊するなどしていたことからすれば、被告とAがそのような関係にあったと考えることは、自然に思えます。

 そのため、裁判所の判断は、一見すると、厳密すぎる、やや常識と離れていると思われるかもしれません。

裁判所の判断が厳密な理由

 民事訴訟では、警察のように捜査ができるわけではないため、証拠集めが十分にできないこともしばしばあります。本件も、もう少し色々な証拠が集められれば、結果は異なったかもしれません。

 それにもかかわらず、裁判所は、一般の方に、これだけ厳密に、証拠により証明することを求めます。それはなぜなのでしょうか。

 私が普段説明することばを使うなら、裁判所が、被告に対し、(本件であれば)金銭の支払いを命じるというのは、非常に重大な判断で、間違いがあってはいけないことです。

 そのため、誰が見ても、これは間違いないという程度に証明が出来なければ、原告の請求を認めるわけにはいかない、というのが裁判所の考え方といえます(いわゆる「通常人が疑を差し挟まない程度の真実性の確信」です)

裁判所の考え方で本件の証拠を見直してみます。

被告とAとのやり取りについて

 まず、被告とAとのやり取りについて、裁判所が認定した事実関係を見てみると、被告とAが極めて親密な関係であるということについては、誰が見ても間違いないと思われるかと思います。

 しかし、この裁判で証明すべき事実は、被告とAの不貞行為であり、親密な関係であるかどうかとは異なります。

 この視点で、改めて事実関係を見てみましょう。被告とAとのやり取りは、「愛」という言葉を使うなどしていますが、具体的な性行為について触れたり、ラブホテルに二人で行ったことを示唆するような内容は記載されておらず、不貞行為があったと積極的に判断できる程度のメールの内容ではありません。

 異なる事案では、具体的な性行為を示唆するやり取りが行われていることもしばしばあり、不貞行為があったと認定できることがありますが、本件のメールの内容だけでは、不貞行為があったと認定できないとの裁判所の判断は、妥当と言えるかと思います。

ラブホテルの利用明細書など

 メールのやりとりだけでは不貞行為が認定できないとしても、その期間に、ラブホテルの利用明細書があるのだから、不貞行為はあったのではないかと思われる方もいると思います。

 この点については、2つのできごと、つまり、Aがラブホテルを利用したかどうかと、ラブホテルを利用したとして、それが被告と利用したのかどうか、を分けて考えるのが、事実認定の考え方です。

 特に、そのできごと(本件ではラブホテルの利用)があったとして、それが誰とのことであるかは、裁判所が極めて慎重に判断する部分です(刑事事件では、犯罪について、その人がしたのかどうかを、講学上「犯人性」と呼び、その事実認定は極めて慎重に行われます)。

 本件では、利用明細書からは、Aと誰が利用したかは明確ではありません。また、Aは、被告が当時住んでいた場所をしばしば訪れ、宿泊することも窺われるとしていますし、当時、被告とAが親密なメールをしているという事情もあります。

 しかし、それでも、それだけでは、Aが被告と利用したといえるかというと、誰が見ても、これは間違いないという程度ではないということです。

 この判断は、裁判所の判断としては一般的と言えるかと思います。

 せめて、ラブホテルの利用明細書があった日に、メールでのやり取りで、被告とAが会っていた事実などが証明できれば、多少結論は異なったと思います。

 直接の証拠がない、メールやラブホテルの利用などから不貞行為を立証しようとする難しさは、この裁判例からわかる、裁判の事実認定の厳密さに由来しています。

裁判は、どちらが嘘をついているかを判断し、勝ち負けを決めるものではないこと

 私は、裁判をする際に、皆様にご説明する内容ですが、裁判所は、原告の主張(言い分)と被告の主張(言い分)を比較し、どちらの主張が正しいか(いわば勝ち負け)を判断することはありません。また、被告の主張を一方的にうのみにするということもありません。

 この点は、本件判断で、極めて分かりやすく判示されているので、ご説明します。

 被告は、被告とAとのメールについて、「冷たく返信した」「社交辞令である」などと主張(反論)していましたが、これら一連の主張については、裁判所は、不自然不合理であっていずれも採用できないとしています。

 しかし、その上で、「…被告が不自然不合理な主張及び供述をするからといって、被告とAが不貞行為を行っていたと推認できるものではなく…」としています。

 被告の主張・供述が不自然不合理であるといって、だから原告の主張(被告とAが不貞行為を行っていた)ことが正しいといえるわけではないと、裁判所が判断しているのが、極めて明瞭に示されています。

 この判断からご理解いただけると思いますが、裁判で重要なのは、相手が嘘をついているからこれを暴く、ということではなく、こちらの主張を証拠から丁寧に証明することが、とても大切です。

まとめ

 比較的最近の、分かりやすい裁判例から、証拠に関する裁判所の考え方をご説明しました。

 どの程度の証拠が必要か、判断に迷うこともあると思いますので、ご自身が、手元に有る証拠から不貞が立証できるか、お悩みの方は、あいなかま法律事務所へご相談ください。