記入済みの離婚届を見せられて、離婚するつもりであると告げられた、これは破綻といえる?

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 先日、令和8年6月5日付最高裁判決についての簡単なご紹介の記事を書きました。

 その際、最高裁判決で気になる点として、一方のみが記入した離婚届を見せられたことの評価について指摘しました。

 そこで、この記事では、この点を含め、私が気になった点について、思いつく範囲でご説明させていただきます。本記事の内容は私の私見を多分に含むものとなっておりますので、その点をご理解ください。

令和8年6月5日付最高裁判決についての記事はこちらから。

事案の概要

 事案の全体は最高裁判決に関する記事をご確認ください。

 本記事に関連する内容として、最高裁判決の該当部分を引用します。引用にあたり、プライバシー保護の観点から時期についてはぼかしていますが、引用元の判例では時期が明記されています。

 引用中の人物はそれぞれ、

A=元妻、上告人=不貞相手、被上告人=元夫

となります。

Aは、上記⑷の相談を重ねるうちに上告人に好意を抱くようになり、令和●年●月頃、上告人との仲を深める意図の下、上告人に対し、本件離婚届を見せ、被上告人とは離婚するつもりであることや、被上告人から家計を別々に管理することを提案されたことを伝え、互いのプライバシーに干渉しないことを提案する被上告人との間の電子メールのやり取りを見せるなどした。

前記事実関係によれば、上告人は、もともとAが被上告人と婚姻関係にあることを認識していたが、Aと肉体関係を持つまでに、Aから、被上告人と離婚するつもりであることを伝えられ、本件離婚届を見せられてもいたのであるから、Aにおいて被上告人と離婚する強固な意思があったことを認識していたというべきである。その上、上告人は、Aから、被上告人から家計を別々に管理することを提案されたと伝えられたり、互いのプライバシーに干渉しないことを提案する旨の被上告人とAとの間の電子メールのやり取りを見せられたりもしていたのであるから、Aと肉体関係を持った当時、Aのみならず被上告人も夫婦としての婚姻共同生活を解消する意向を示していることを知り、婚姻共同生活の実体が既に失われていると認識したこともうかがわれる。

離婚届を見せられたことについて

 ここで、最高裁判例は、離婚届を見せられたことについて、Aが離婚する強固な意思があったことを認識していたというべきであるとしています。離婚届にサインしていつでも離婚できるほどに強い意思を有しているということです。その推認自体、一つの経験則といえます。

 しかし、その程度の推認でいいのでしょうか。ここで参考になる指摘が、同判決の原審(高等裁判所)の判断として指摘されている部分です。次はこれを引用します。

離婚したとか婚姻関係が破綻しているなどと虚言を弄して不貞行為に及ぶ者が多いことは世上よく知られているところであって、これを鵜呑みにするのは注意が足りないものといわざるを得ず、

 原審のこの考え方は一定の説得力があります。本人が「虚言を弄する」意思があるかどうかはともかく、客観的な状況を離れ自己の認識のみを大げさに話す人は多くいます。

 そして、この指摘を前提に離婚届のくだりをみると、意味合いが大きく変わって見えます。

離婚届を見せる意味と、離婚する強固な意思

 そもそも、こちらのみが記載した離婚届を見せるというのは、どういう意図があるのでしょうか。

 今回、離婚届を見せたのは、判例の認定する事実によれば、Aが上告人(不貞相手)との仲を深める意図のもと、離婚届を見せて離婚するつもりであると伝えたとのことです。状況としては、まさに原審が指摘する不貞行為に及ぶために離婚届を見せたと評価しうる状況です。

 もちろん、自分がどれほど離婚したいと思っているのか相手にわかってほしい、そのために見せるという動機は理解できます。

 しかし、配偶者に対してするのであればともかく、自分が仲を深めたいと思っている相手に対して自分の離婚したい気持ちを強く伝える、そのために言葉だけではなくわざわざ自分の署名押印がある離婚届を見せるというシチュエーションは、実際に想像すると不思議です。

 そもそも、Aさんが離婚したいという強固な意思を示すのに、離婚届は必要ありません。離婚したい理由を不貞相手に詳細に語れば十分です。そこに客観的な書類の存在を求めるのは弁護士ぐらいです。そもそも、市役所に行けばいくらでも手に入る離婚届に、自分の欄のみが記入されていても、それほどの証拠価値はありません。離婚届を見せられていないからといって離婚する強固な意思がないということはできませんし、「虚言を弄する」可能性を考えれば、離婚届があるからといって離婚する強固な意思があるということもできません。

 そうすると、この離婚届を見せる行為などをとらえ、原審が「離婚したとか婚姻関係が破綻しているなどと虚言を弄して不貞行為に及ぶ者」という評価をしたことは、理解できるところです。

離婚届を見せられた際の疑問

 離婚届を見せられたとしたら、真っ先に浮かぶ疑問は、相手は離婚に合意してないのか?ということです。私なら証人尋問で、見せられた不貞相手に対してこんなふうに聞きます。回答は私の想像です。質問がややくどいですが、一読してご理解いただきやすくするために敢えて記載しています。

 「あなたはAさんから離婚届を見せられたのですよね。」「はい」

 「その時に、Aさんから、離婚するつもりであると説明されたのですよね」「はい」

 「なぜ相手に書いてもらってないのか聞きましたか?」「聞いていません」

 「相手も納得しているなら、すぐに書いてもらえばいいと思わなかったのですか」「その時は思いませんでした。」

 「相手が納得してないから、相手に書いてもらえてないのだとは思いませんでしたか」「そうは思いませんでした」

 「Aさんが離婚するつもりでも、相手に離婚するつもりがないから書いてもらえてないんだとは思わなかったのですか」「」

離婚届まで準備しているのに書いてもらえていないというシチュエーションは、私の直観からすれば、不貞相手に対し、本当に双方が離婚に合意しているのか十分に確認する注意義務を生じさせる根拠になるのではないか、そしてその注意義務を怠った過失があるのではないか、というのが私の考えです。

実際にあったケース

 私が過去に取り扱ったケースでも、(真意は分かりませんが)既婚男性が未婚女性を不貞行為に勧誘する際、一緒に暮らしてはいるけれど夫婦関係は既に終わっている旨をLINEで繰り返し伝えていたケースがありました。

 既婚男性が女性に対し、1年以上にわたり、妻と離婚の話は進んでいるけれども納得してくれなくて離婚ができないなどと繰り返し告げており、女性はその言葉を信じて交際を継続していました。結局、妻から女性に対して不貞慰謝料請求がされましたが、訴訟の中で既婚男性がいうような離婚に向けた協議の実態は確認できませんでした。

 このケースでは離婚届は見せられませんでしたが、仮に離婚届を見せられたという事実があったとしても、私が先ほど指摘したように、既婚男性だけで作成できる離婚届を見せられたところで、訴訟上大した意味はないでしょう。

婚姻共同生活の解消についての最高裁の指摘について

 もちろん、最高裁判所は、離婚届を見せられたことは、「離婚する強固な意思があったこと」の根拠として取り扱っているだけで、婚姻関係の破綻についての根拠としているわけではありません(そうだとしても、なぜ最高裁判所がAの離婚する強固な意思を重視しているのか不思議ですが)。

 そこで、最高裁判所が婚姻関係の破綻の根拠とする指摘を確認してみましょう。先ほど引用した箇所ですが改めて引用します。

 その上、上告人は、Aから、被上告人から家計を別々に管理することを提案されたと伝えられたり、互いのプライバシーに干渉しないことを提案する旨の被上告人とAとの間の電子メールのやり取りを見せられたりもしていたのであるから、Aと肉体関係を持った当時、Aのみならず被上告人も夫婦としての婚姻共同生活を解消する意向を示していることを知り、婚姻共同生活の実体が既に失われていると認識したこともうかがわれる。

 ここでは、家計を別々に管理することを提案されたこと、お互いのプライバシーに干渉しないことの2点を含む電子メールのやりとりが指摘されています。

 もちろん、その前後の状況があり、その上での電子メールのやり取りということになりますが、これら2つは、いずれも、それだけでは婚姻共同生活の解消を意図しているとは評価し難い面があります。

婚姻共同生活とはなにか

 最高裁判所はここで、「婚姻共同生活」という言葉を用いています。これは婚姻を目的として行われる共同生活という程度の趣旨と思われます。

 ここで、婚姻共同生活の要素としてどのようなものが考えられるかといえば、最高裁判決でも取り上げられている「家計の共同管理」「お互いのプライバシーの開示・共有」だけではなく、「物理的な同居」「物理的な扶助関係(洗濯等)」「同じ生活時間の共有(食卓を囲む)」「家族での外出」など、思いつくだけでも様々な要素があげられるところです。

 そして、今どきのご夫婦であれば、共働きでお互いに収入があるため家賃や水道光熱費を除いて家計は別管理としたり、お互いに仕事が忙しいためお互いのプライバシーに干渉しないという程度のことは珍しいことではないでしょう。物理的に離れて生活(単身赴任)していても、婚姻共同生活として評価すべき状況は当然あります。

 もちろん、最高裁判所が指摘した要素が、婚姻共同生活の解消の一つの例であること、これを見せられたことから、婚姻共同生活が解消に向かっていたことが伺われることはその通りですが、「婚姻共同生活の実態が既に失われている」と認識するには、大きな論理の飛躍がみられるところです。

離婚しようという合意

 最高裁判決で指摘されている認定された事実をみると、

被上告人は、令和5年6月頃、Aに対し、離婚することを考えていると伝え、Aも、これに異論がなかったことから、その申出を了承した。

 ということで、離婚しようという合意、つまりお互いに離婚しようという意思の合致は既にあるという状況です。

 この事実自体が、婚姻関係が破綻していることに直結する大きな事実です。実際にその後数か月で離婚していることを考慮すれば、この時点で、婚姻関係を継続する意思がないとして破綻を認定することも可能かもしれません(この点は後に触れますが)。

 最高裁判所は、Aから被上告人と離婚するつもりであることを告げられたということを指摘していますが、それよりずっと重要な事実といえます。

(Aから被上告人と離婚するつもりであると告げられる(あくまでAの意思)ことと、Aと被上告人とが離婚について合意していることとは、全く別の事実であることにご留意ください。)

離婚しようと合意しているのに離婚届を提出していない

 先ほどまでの説明を振り返ると、不思議に思われる方もいらっしゃるでしょう。離婚について双方合意しているのに、離婚届がまだ提出されていません。なぜでしょう。

 もちろんその理由は明白で、離婚しようとはなっても離婚についての条件についての話し合いがまだ進んでいないためです。

 一般的には、離婚しようと合意していても、親権や養育費、財産分与などについて折り合わず、同居して条件を話し合っている状況だと、破綻とまではいえないと思われます。ただし、本件では、事後の事情を含めた判断となりますが、数か月後に離婚が成立しているため破綻の認定も可能かもしれません。

最高裁の判断について

 離婚しようと合意している、ということの評価は、上記のように考えられそうです。

 最高裁判所の説明は、この合意を前提に、家計を別にしたりプライバシーに干渉しないという「婚姻共同生活」の解消のプロセスが進められていたという趣旨であれば、十分に理解できるところです。

 ただし、最高裁判所の理由付けでは、なぜか離婚しようと合意していたという事実は指摘されていません。この点はのちに述べますが、客観的事実ではなく不貞相手の認識を問題とする必要があったためです。

プライバシーに干渉しないとは

 先ほど指摘したプライバシーに干渉しないという点について、誤解を招かないよう補足します。裁判記録を見たわけではないため、本件についての具体的な内容は分からないため、一般論として説明します。

 一般に、プライバシーに干渉しないということはどういうことでしょうか。

 夫婦で同居をしていると、相手が仕事の時間を終えても帰ってこず、帰ってきたのは深夜だったという状況を想定します。このとき、遅く帰ってきたことを叱責したり、どこに行っていたのかを聞くのが、プライバシーへの干渉でしょう。また、土日に行先も告げずにどこかに行ってしまう。これについてどこに行くのかやいつ帰ってくるのか聞く、というのもプライバシーへの干渉でしょう。

 ここまで当然のことだとご理解いただけると思います。ここで言いたいのは、プライバシーに干渉しないということは、相手方が不貞行為に及ぶことまで制約しないということとは全く別のレベルの話ということです。

 先ほども指摘しましたが、プライバシーに干渉しないことと、婚姻関係の解消は直接に結びつくものではありません。お互い忙しいためプライバシーに干渉しない夫婦というのは当然に存在し、またその在り方について第三者が非難すべきものでもありません。

プライバシーに干渉しないということは、それだけでは、破綻の根拠とはなりづらいといえますし、もちろん不貞行為をしてもいいという免罪符にはなり得ません。

最高裁判所の論理について

 最高裁判所は、これらを受けて、「婚姻共同生活を解消する意向を示していることを知り、婚姻共同生活の実体が既に失われていると認識したこともうかがわれる」と指摘しています。

 しかし、確かに解消する意向を示していたとは思われますが、そこから婚姻共同生活の実態が既に失われていると認識することは、法律上の評価を含む判断であり慎重に考えるべきで、注意義務を怠っていると指摘されてもやむを得ないと思われます。

 最高裁判所のこの部分の指摘は、論理にやや飛躍があるように見受けられます。

婚姻関係の破綻と不貞相手の過失

 先ほども指摘しましたが、最高裁判所の判断は、婚姻関係の破綻についてではなく、破綻についての不貞相手の過失に焦点を当てています。

 訴訟資料を確認していないため分かりませんが、最高裁判決から窺えることとして、不貞相手側の主張が、肉体関係について否認(認めない)ことと、故意過失がないことが理由かもしれません。

 つまり、不貞相手方の主張として、仮に肉体関係があったとしても、それは婚姻関係が破綻した後のことであるという主張がされていなかったということです。

 裁判のルール上、裁判所は、原告や被告が主張しない争点について取り上げて判断することはしません。これは、訴訟が「弁論主義」と呼ばれる、主張等を当事者に委ねることを原則としているためです。本件では、そのために婚姻関係の破綻について裁判所が正面から判断できず、それに代わり「不法行為としての過失」という点を取り上げて判断したためと思われます。

 この点を踏まえると、最高裁判決が、離婚について合意していた点ではなく、「Aから被上告人と離婚するつもりであることを告げられた」点を指摘していることの理由が見えてきます。

 つまり不貞相手の本件についての認識を問題として設定せざるを得ないことから、Aと被上告人が離婚について合意していた事実ではなく、不貞相手が聞いた事実を前提にせざるを得なかった、ということと思われます。

補足意見について

 ここまで事案をみると、補足意見が敢えてあるべき審理のプロセスを詳細に、それこそ法科大学院生に説明するレベルまで細かく具体的な争点を説明していた理由がよりよく見えてきます。

 補足意見をよく見ると、本件では、第1審(地方裁判所)ではそもそも肉体関係自体が認められず、原審(高等裁判所)で肉体関係が認められたという事案のようです。地方裁判所では肉体関係の有無が大きな争点となり、地方裁判所の判断は、その点を中心に行われたこと、その結果肉体関係がないと判断したためその余の論点についてはそこまで詳細に判断が示されなかったということが想定されます。

 しかし、高等裁判所において、肉体関係の認定を覆し請求を認める方向となり、その余の論点について、審理が不十分となってしまったということでしょう。

 その時点で、適切な釈明権の行使等によりその余の争点についても適切な審理を行い判断すべきで、特に破綻及びその認識(過失の有無)について、必要があれば追加で証拠調べを行うべきだったということでしょう。

 弁護士としても、第1審の段階で十分に主張立証を尽くすべきであるという(補足意見が伝えようとしていると思われる)趣旨については耳が痛いところであり、1件1件の事件に対し、これからも、これまで通り(そしてこれまで以上に)真摯に取り組んでいきたいと考えています。