習慣化させることに関連して

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 私は,実は,日々コツコツと何かをこなすことは得意とはいえません。

 どちらかというと,普段はちょっとのんびりしていて,集中するときに一気に仕上げてしまうタイプです。そのため,毎日ブログを更新したり,ツイッターをつぶやくという作業がなかなか慣れません。

習慣化

 習慣をつけることが大切という話を聞きます。色々な本が出ており,私も読んだことがあります。

 では,なぜ,習慣化させることが大切なのか,最近思っていることに絡めて書きたいと思います。

情報過多の社会

 今の社会には情報があふれています。私も,出先や電車の中で,暇があればスマホでインターネットをして仕事や仕事に関係ないこと,興味を持ったことを調べたり,本を読んだりしています。ちょっときになる言葉があれば,インターネットで調べれば,すぐに説明が読めます。

 以前はどうだったでしょうか。私が高校生の頃は,ポケベルの終わりの時期で,インターネットの授業はありましたが,日常的に利用されている方は少数派でした。wikipediaが初めて公開されたのが2001年らしいので,高校生の頃はまだありませんでした。

 例えば世界史の授業で,ウィリアム1世が出てきて,気になったとしても,これを簡単に調べる方法はなく,どうしても知りたければ図書館で百科事典を調べる必要がありました。そこまでするほど勉強熱心でもなく,また百科事典の内容は,正直あまり面白いものではありません。

 でも,今はどうでしょう。(高校生にスマートホンを持たせるかどうかは別として)ウィリアム1世が気になれば,帰りの電車の中や,ちょっとした空き時間にすぐに調べられます。また,色々なエピソードを検索することや,関連事項を調べることも簡単です。

 私がもし高校生に戻って勉強したら,気になった人や歴史上のエピソードなど,片っ端から調べて,テストそっちのけで妙な分野に詳しくなっていたのではないかと思うほど,情報のアクセスは容易になっています。

情報過多で変わったもの

 でも,変わってしまった部分もあるのだと思います。

 昔は,同じ本を何度も読んだり,情報が少ないからこそ,その情報を大切にして,よく読んでいました。今は,先ほどのウィリアム1世を調べましたが,いつでも調べられるという安心感もあり,ざっと読んだだけでほぼ読み流してしまっています。その結果,今調べたウィリアム1世は,印象に残りません。

 ですが,これはやむを得ないことなのだと思います。情報が過多になった結果,アクセスしなければならない=仕事や勉強で目を通したほうがいいことも多くなってしまい,これを一つ一つ昔のように集中して処理することが難しくなってしまっているからです。

習慣化との関係

 ここから習慣化の話に入りますが,先ほど述べたように,今の時代は,考えることが多すぎます。また,一旦決めたことでも,もっといい方法があるのではと思った途端,インターネットで調べると様々な情報が飛び交い,選べなくなってしまいます。

 例えば朝ごはん。

 私はご飯と納豆か卵,お味噌汁をつけるかどうかはその日の時間次第,ということにしています。しかし,一歩,そのことに疑問を持ち,何が健康に一番いいのか,どの栄養素を摂るべきか,タンパク質がおおいほうがいいか,炭水化物は減らすべきか,ビタミンを摂るべきか,など考えだすと,朝ごはんを決めるのに1日かかりそうです。習慣化は,この考える作業をなくしてくれます。

 習慣化は,そうやって考えていくことを一つずつ減らし,他の未知のことを考える時間を作るための手法という面もあるのだと思っています。

一般論としての習慣化

 もちろん,良い行いを習慣化させることで,良いことを続けられるようになる,毎日コツコツできる,という面が,習慣化の最も大きなメリットだと思います。

 高校生の頃はあれだけ早起きできたのに,なぜ今できないのか不思議ですが,何れにしても早起きして朝の時間を有効に使うことができればといつも思っています。

 そして,毎日ブログとツイッターを更新できるように頑張ります。

 ただ,その他のメリットとして,考えることを減らせるというメリットもあるんだろうというのが,このブログの趣旨でした。