公正証書の作成で職業を聞かれるのはなぜ?

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 私は、ご依頼を受けた事件について、公正証書を作成することがしばしばあります。

 離婚のご依頼であれば離婚給付等契約公正証書を作成しますし、不貞慰謝料の和解の際に公正証書を作成することもあります。

 その際、いつも気になっていたのが、作成にあたり職業の記載が必要となることです。会社員などの簡潔な記載でよいため特段問題となることはないのですが、なぜ職業の記載が必要なのかが気になるのが弁護士という職業です。

 そこで、以下では、公正証書の職業の記載を含め、公正証書について今回調べて知ったことをご説明します。

公正証書作成の根拠法令

 弁護士が調べ物をする際に、一番初めにすることは、根拠法令を調べることなのではないかと思います。

 世の中の制度にはだいたい根拠となる法令があり、これを紐解いていくことが弁護士らしい調査の仕方だと思います。

 そこで、公正証書の作成の根拠となる法令を確認すると、「公証人法」が根拠となっており、公正証書は公証人法第1条に規定があります。

第一条 公証人ハ当事者其ノ他ノ関係人ノ嘱託ニ因リ左ノ事務ヲ行フ権限ヲ有ス

 法律行為其ノ他私権ニ関スル事実ニ付公正証書ヲ作成スルコト

(以下略)

公証人法

 ここで興味深いのは、公正証書の作成根拠となっている法律が、公証人法という名称であることです。

 一般の行政の根拠法については、たとえば警察であれば警察法、検察であれば検察庁法など、多くは組織の名前をする印象があります。また一般に役場といってイメージされる市区町村は地方自治法が根拠です。

 しかし、公証人は、これらと違う形で、あくまでも公証人を主体として位置づけられていることが、法律名からも読み取れます。なお、公証人が役場で職務を行うことも公証人法に規定があります。

第十八条 公証人ハ法務大臣ノ指定シタル地ニ其ノ役場ヲ設クヘシ

 公証人ハ役場ニ於テ其ノ職務ヲ行フコトヲ要ス但シ事件ノ性質カ之ヲ許ササル場合又ハ法令ニ別段ノ定アル場合ハ此ノ限ニ在ラス

公証人法

 条文を見ただけでも、その他に色々なことがわかります。ぱっと見てお気付きのとおり、公証人法はカタカナ表記で、これは元の法律が戦前に作られ、その後大改正を経ていないことを示唆しています。

公証人の位置づけ

 公正証書の話に入る前に、公証人とはそもそもどんな仕事なのか、その役割を確認します。

 法務省のウェブサイトでは、公証制度についてという解説の中で、公証人と公証役場について以下のとおり説明しています。

公証制度とは,国民の私的な法律紛争を未然に防ぎ,私的法律関係の明確化,安定化を図ることを目的として,証書の作成等の方法により一定の事項を公証人に証明させる制度です。

法務省ウェブサイト(https://www.moj.go.jp/MINJI/minji30.html

  古来は、そもそも字を読み書きできる人の方が少なかった時代があり、公証制度は、そのような状況の中で、中世ヨーロッパにおいて契約書の作成を専門に請け負う専門集団が現代の公証制度の基礎といわれているようです。

 現代では、ネットや書籍で書面を作成し、お互いに署名押印することは一般的ですし、様々な契約でそれぞれの会社が契約書を独自に作成し、これに基づいて契約を行っており、日常の契約で公証役場を利用する機会は多くないと思いますが、離婚のように一般の方どうしで契約する場合に公証役場を利用するのは、公証制度の本来の利用法といえそうです。

本人確認に関する規定

 公証人法で面白いと感じる規定はこちらです。

第二十八条 公証人証書ヲ作成スルニハ嘱託人ノ氏名ヲ知リ且之ト面識アルコトヲ要ス

公証人法

 公証人が証書を作成するにあたっては、作成を依頼する人(嘱託人)の名前を知り、面識がある人であるというのが原則で、知らない人の場合には、本人確認をちゃんとするようにというのが同条2項に規定されています。

 そもそも、公証人が知り合いである、知り合いに公証人がいるという可能性は極めて低いにも関わらず、このような規定になっているのは、公証人の成立に関する歴史的な経緯に基づくものといえそうです。

職業に関して確認される根拠について

 そこで、本題の公正証書の作成にあたり、なぜ職業を確認するのかを調べてみると、それは以下の規定に根拠があります。

第三十六条 公証人ノ作成スル証書ニハ其ノ本旨ノ外左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス

一 (略)

 嘱託人ノ住所、職業、氏名及年齢若法人ナルトキハ其ノ名称及事務所

(略)

公証人法

 上記条文のとおり、作成を依頼する人(嘱託人)の住所、職業、氏名、年齢を記載することとされています。

 特徴的なのが、職業の記載ともう一つ、生年月日ではなく年齢の記載が求められているところです。実務上は、生年月日を記載することになっていますが、法律上記載が必要なのは年齢という不思議な規定になっています。

 本題ですが、職業の記載が求められている理由は、文献によると、作成を依頼する人(嘱託人)の特定のためらしいです。現在の日本では、特定にあたり職業を書く理由は乏しいと思いますが、改正されずに残っているようです。

 いずれにせよ、法律上記載が必要であれば記載しないといけません。

本旨外要件を記載していない公正証書の効力

 現在の実務ではまず考えられませんが、本旨外要件を記載していなかったり、記載に誤りがあった場合、公正証書の効力はどうなるのでしょうか。

 これについてはかなり古い裁判例がありますのでご紹介します。

 状況としては、作成を依頼する人(嘱託人)が直接公証役場に赴いたのではなく、代理人により作成された公正証書であったにもかかわらず、公証人法第36条3号に規定する代理人の嘱託により作成した旨の記載が欠けていたという事案です。要するに、本旨外要件の一部の記載がなかったケースです。

 これについて、裁判所は、

…、右公正証書の全文を通読するときは、その冒頭に「当事者の陳述」とあるのは「当事者の各代理人の陳述」を指称するものであることをうかがえるし、また右公正証書が右各代理人の嘱託により作成せられたことは、たとえ「代理人により嘱託せられたる旨」の文言の記載がなくても、十分に明らかとなつている。

 従つて、かゝる場合右の如き文言の記載がなく右公正証書が公証人法第三十六条第三号所定の要件を具備しないといつても直ちにこれを無効のものであるということはできない。

広島高等裁判所決定/昭和28年(ラ)第32号(わかりやすく段落を分けています)

 代理人の嘱託で作成されたとの記載がなくても、全体としてそのことがわかるので、要件を具備しないからといって直ちに無効とはならないという判断です。

 この裁判例を前提とすれば、職業について仮に記載が漏れてしまっていたとしても、その他の部分から作成した人の特定ができれば無効にはならないと判断されると思います。

まとめ

 公正証書の作成で少し気になったことについて、軽く調べてみました。なかなか興味深く、学生で時間があれば、1日くらい文献を読み漁って歴史的経緯を含めて調査してみたい内容です。