財産分与で「夫婦間の貸し借り」はどう扱われる?立替金を返してほしいという主張について解説します

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離婚の際、財産分与の場面で、
「婚姻中に相手のためにお金を立て替えたので、その分を返してほしい」
という主張がされることがあります。

お気持ちとしてはもっともです。実際、相手のために支出した以上、「きちんと清算してほしい」と考えるのは自然なことだと思います。

もっとも、財産分与では、単純に「立て替えたからその分をそのまま請求できる」というわけではありません。
夫婦間の貸し借りは、財産分与の計算の中でどのように位置付けるのかを整理して考える必要があります。

今回は、よくある
「結婚中に一方が他方のお金を立て替えたので返してほしい」
というケースについて、理論的にご説明します。

弁護士 中村正樹

夫婦間の貸付についての裁判所の考え方

 議論をする前に、夫婦間の貸し付けについての裁判所の裁判例を2つ見てみます。

裁判例①

 …被告が、原告から●●円を借りたことを認める確認書で署名しているとはいえ、その原資が夫婦の婚姻後に形成された共有財産である場合には、被告は、当該共有財産を費消したにすぎないことになるから、原告の被告に対する貸金には当たらないことになる。
 したがって、上記金銭の授受が、原告の被告に対する貸金であるといえるためには、原資が原告の特有財産であることが必要である。

東京地方裁判所平成28年(ワ)第11589号

裁判例②

 しかしながら、離婚に伴う財産分与は、法律上の夫婦の離婚時における財産関係の清算及び離婚後の扶養等のために、法令に基づき分与者に属する財産を相手方へ給付するものである。これに対し、本件貸付け1に係る金員の返還の法的根拠は契約であって、不当利得返還請求等のように法令に基づき当事者間の利得損失の清算を行うものではないから、本件貸付け1の原資が原告及び被告の実質的共有財産と認められる余地があると仮定しても、原告が被告に対して契約に基づきその返還を求めることは、その法的根拠を財産分与とは異にしており、本件離婚に伴う財産分与として金員の支払を求めるものとはいえない。本件貸付け1に係る貸金債権に基づく請求を認容しても、上記の事情が本件離婚に伴う財産分与において考慮されるから、当事者間の衡平を害することにならない。

東京地方裁判所平成30年(ワ)第22019号

 結論としては真逆であり、裁判例①は共有財産を原資とする貸付では貸金返還請求は認められないとし、裁判例②は共有財産であるかどうかは貸金返還請求と関係がない(共有財産を原資とする貸付でも貸金返還請求が認められる)としています。

 この二つの裁判例がいずれも財産分与請求ではなく、貸金返還請求として債権の有無が問題となっていることに留意する必要がありますが、民法の原則が夫婦別産制(民法762条)であることからすると、私見では後段の論理が妥当と考えています。 

財産分与で夫婦間の貸し付けが争われた場合

先ほどの裁判例は貸金返還請求としてこれを検討しましたが、財産分与として考えるとどのようになるか見ていきます。
実務上は、それを独立した請求として強く主張することにどれだけ意味があるのかを、慎重に考える必要があります。

というのも、貸付が夫婦共有の生活の中で行われたものである場合、財産分与の計算に織り込むと、最終的な結論がほとんど変わらないことがあるからです。

以下、単純化した例で見てみます。


具体例で考えてみます

次のような事案①を想定します。

  • 夫の財産:300万円
  • 妻の財産:100万円
  • 特有財産はなし。
  • 婚姻期間中、妻が夫のために50万円を立て替えていた(貸し付けた)。
  • 妻としては、この50万円を清算してほしいと考えている。

1 貸付がない場合

まず、夫婦間の貸付がないものとして考えます。

この場合、夫婦の財産は合計400万円です。
財産分与では、原則としてこれを2分の1ずつに分けますので、最終的に夫婦それぞれ200万円ずつになるのが基本です。

そのため、

  • 夫:300万円
  • 妻:100万円

という状態であれば、夫が妻に100万円を支払うことになります。


2 貸付がある場合

次に、妻が夫に50万円を貸し付けていた場合を考えます。

一見すると、

  • 財産分与として夫が妻に100万円を支払う
  • これに加えて、夫が妻に貸付金50万円を返済する

という結論になりそうです。

しかし、実際にはそのようにはなりません。

財産関係を正しく見るとどうなるか

夫が妻に50万円の借入をしているのであれば、夫の財産は、実質的にはその分だけ減少していることになります。
他方、妻にはその50万円の貸付金債権があります。

したがって、財産関係は次のように整理されます。

  • 夫:300万円 − 50万円 = 250万円
  • 妻:100万円 + 50万円 = 150万円

この状態を前提に財産分与を考えると、合計400万円の半分は200万円ですから、

  • 夫は妻に50万円の財産分与をする

という計算になります。

そして、貸付金50万円を清算すると、

  • 財産分与:50万円
  • 貸付金の返済:50万円

となり、夫から妻への支払総額は100万円です。

結局のところ、貸付がない場合と最終的な帰結は変わりません。

先ほど挙げた裁判例①、裁判例②いずれも、このことを意識し、その上で裁判例①は貸付金の請求自体を認めず、裁判例②は返済を認めても財産分与で改めて考慮する旨を指摘しています。


なぜこのような結論になるのでしょうか

理由はシンプルです。

夫婦間の貸付が、婚姻中に形成された財産関係の中で行われたものである限り、貸付はすでに夫婦全体の財産状況の中に織り込まれているからです。

つまり、

  • 貸付を考慮しない場合は、夫の見かけ上の財産が多く見える
  • 貸付を考慮する場合は、夫の財産は借金分だけ減り、妻にはその分の債権が計上される

という違いがあるだけで、最終的には同じところに着地するのです。


貸付原資が特有財産の場合は結論が変わります

もっとも、常に同じ結論になるわけではありません。
貸付の原資が特有財産である場合には、事情が異なります。

たとえば、妻が婚姻前から持っていた預金や、相続で取得した財産など、財産分与の対象とならない特有財産から夫に50万円を貸し付けていた事案②を考えます。その他の数字は変更していません。

  • 夫の財産:300万円
  • 妻の財産:100万円
  • 妻特有財産あり。
  • 婚姻期間中、妻が夫のために妻の特有財産から50万円を立て替えていた(貸し付けた)。
  • 妻としては、この50万円を清算してほしいと考えている。

この場合、夫の側では50万円の借入が負債として計上されます。
しかし、妻の側の50万円の貸付金債権は、特有財産に由来するものであるため、財産分与の対象財産としては計上されません。

すると、財産分与の対象となる財産関係は、

  • 夫:300万円ー50万円=250万円
  • 妻:100万円

となります。

合計350万円の2分の1は175万円ですから、夫は妻に75万円の財産分与をすることになります。
さらに、貸付金50万円の返済も必要です。

そのため、

  • 財産分与:75万円
  • 貸付金の返済:50万円

となり、夫から妻への支払総額は125万円となります。

このように、貸付の原資が共有財産なのか、それとも特有財産なのかによって、結論は変わってきます。


直感的には「別居の前日か翌日か」で考えると分かりやすいです

この問題は、別の角度から考えると分かりやすくなります。

たとえば、夫婦間の貸付が別居の前日に清算されていた場合と、別居の翌日に清算された場合を想像してください。

もし清算のタイミングが前日か翌日かという数日の違いだけで最終的な結論が大きく変わるとしたら、それは妥当とは言えないでしょう。

以下ではこのことを数字例で改めて説明します。

別居前に清算していた場合

先ほどまで上げてきた例で、別居前に50万円の返済が済んでいたとすると、財産の状態は次のようになります。

  • 夫:250万円
  • 妻:150万円

この状態で財産分与をすると、夫が妻に50万円を支払うことになり、

  • 夫:200万円
  • 妻:200万円

となります。

これは、先ほど見た「貸付がある場合」と実質的に同じ結論です。

つまり、夫婦共有財産の中で生じた貸付である限り、清算の前後で最終的な帰結は大きく変わらないのです。


まとめ

夫婦間の貸付や立替金については、実際に争われることがありますし、裁判例でも問題となっています。
もっとも、婚姻中の共有財産から生じた貸付である場合には、財産分与の計算の中で整理すると、独立して強く主張しても最終的な結論が変わらないことが少なくありません。

そのため、

  • 本当に独立した貸付として意味があるのか
  • 原資は共有財産なのか、特有財産なのか
  • 財産分与の計算にどのように反映されるのか

を丁寧に検討することが重要です。

「立て替えたお金を返してほしい」というお気持ちは、十分理解できるものです。
しかし、財産分与の場面では、単純にそのまま上乗せされるとは限りません。
その点は、ぜひ押さえておいていただきたいところです。