離婚原因として主張される「悪意の遺棄」の判断について、裁判例をご紹介します。別居を考えられている方は是非ご覧ください。

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 離婚について御相談を受けていると、しばしば、「悪意の遺棄」にあたるかどうか心配で別居ができない、とご相談されることがあります。

 実際、インターネットの記事の中には、悪意の遺棄について簡単にまとめすぎていたり、内容が不十分で、結果として別居を思いとどまらせてしまうかもしれないと思われる記事をいくつも見かけました。

 そこで、本記事では、裁判例で認められた「悪意の遺棄」について、具体的な事例をもとにご説明します。

悪意の遺棄の判断について

 民法は、離婚原因として、「配偶者から悪意で遺棄されたとき」と定めています。

 解釈上の説明としては、「悪意」は、法律上の一般的な用語としての悪意とは異なり、「社会的・倫理的に非難されるべき心理状態」、つまり婚姻生活の廃絶を意図し、またはこれを容認する意思という趣旨で解されています。

 また、「遺棄」は、同居、協力、扶助義務や分担義務の不履行一般と解されています。

別居するにあたっての正当な理由

 悪意の遺棄にあたるかどうかについては、別居するにあたって、「正当な理由」があるかどうかによって判断される、と一般にいわれます。

 正当な理由の典型的な例として、単身赴任や親の介護などが紹介されることがありますが、そうではなく、夫婦の性格の不一致やモラハラ等で別居する場合についてははっきり書かれていないケースもあります。

 また、モラハラは、実際に裁判所で認定するまでに至らないケースも多く、この場合に悪意の遺棄がどのように判断されるのか、という点がわかるような解説は余りありません。

 実際、ご相談にいらっしゃる方の中にも、別居したいと考えているが、「悪意の遺棄」にあたるのではないか心配されている方もしばしばいらっしゃいます。

 そこで、この点について、以下に、比較的最近の裁判例を紹介します。

悪意の遺棄についての裁判所の判断のご紹介

事案の概要(悪意の遺棄に関する部分のみ)

 妻である原告が、夫である被告に対し、離婚を請求したところ、被告が反訴として悪意の遺棄に基づく離婚と慰謝料を請求しました。

 別居に至る経緯としては、旅行から帰ってきた際、些細なことで喧嘩となり、夫が妻の胸ぐらをつかみ、クローゼットに押しつけ、その頬を平手でたたき、別居となりました。

 これについて、裁判例は、以下のとおり判断し、被告の悪意の遺棄の主張を認めませんでした。

 原告と被告との間の婚姻は既に破綻していることが明らかであるが、その原因は、原告及び被告の双方に相手の気持ちを思いやる態度に必ずしも十分でないところがあり、通常の夫婦関係においてしばしばみられる行き違いも修復されることなく、むしろ拡大の一途をたどったことにあり、そのような経過の中で、ついには被告によるささいともみられないではない程度の暴力を契機として原告が家を出て別居に至るという形で破綻に至ったものと解され、その責めをいずれか一方にだけ帰することはできないものといわざるを得ない。…

 そうすると、…上記経緯に照らして原告に悪意の遺棄があったと言うことはできない…。また、双方の損害賠償請求については、上記のとおり、婚姻の破綻をいずれか一方に帰することができない以上、どちらも理由がないものといわざるを得ない。

東京地方裁判所判決 平成16年(タ)第307号、平成16年(タ)第345号

裁判所の判断

 引用部分を見ていただくとわかる通り、平手打ちを契機として別居していますが、平手打ちをした夫(被告)が悪いわけではなく、お互いに相手の気持ちを思いやる態度が十分でなかったことが原因として、どちらか一方が悪いわけではないという判断がされています。

 なお、「別居に至るという形で破綻」と判断していますが、これまでの事実関係のみで「夫婦関係の破綻」を認めたのではなく、裁判で双方が離婚を求めていることも考慮して「夫婦関係の破綻」を認めた、という判断と思われます。

 これを踏まえ、悪意の遺棄については、このようになった原因が双方にあることを前提としても、妻(原告)が出ていったことについて、悪意の遺棄があったということはできないと判断しています。

その他裁判例の要旨の引用

 事例の紹介はしませんが、その他、悪意の遺棄の裁判例として、以下のような判示もあります。

 これは、妻である原告が、離婚請求をしたことに対し、夫である被告が悪意の遺棄を主張したものです。

 被告は,原告が平成13年7月9日に行き先も告げないまま本件自宅を出て,その後も自宅に戻るように説得したものの聞き入れず,現在まで別居を継続していることをもって原告から悪意で遺棄されたと主張する。
 しかしながら,原告が本件別居に至ったのは,家庭生活において,外形的ですら原告の心情等に理解を占めそうとしなかった被告の対応について,将来の不安等に抱いたためであると認められること,本件別居により被告の生活が経済的に立ちゆかなくなるなどとの事情もなかったこと等の事情に照らせば,原告が本件別居を敢行したとの一事をもって,原告が被告を悪意で遺棄したとまでは認めることができない。

東京地方裁判所 平成14年(タ)第613号、平成15年(タ)第208号 離婚等請求事件、離婚等反訴請求事件

どのような場合であれば、別居することが悪意の遺棄と判断されないか

 上の裁判例のように、裁判所の判断としてどちらが悪いといえないケースでは、悪意の遺棄はなかなか認めていません。判例解説でも、「悪意の遺棄が離婚原因として主張される事例は実務上少なくないが、それが認められる割合はそんなに多くはない。」(判例タイムズ596号70頁)と昭和61年時点で指摘されています。

 実際、紹介した2つ目の裁判例の判示は、悪意の遺棄を判断する一つの参考となります。

  •  別居に至った経緯に一応の理由があること
  •  別居により配偶者が経済的に立ち行かなくなったという事情が無いこと

 少なくとも、この裁判所の判断としては、上記2つの要素が満たされていれば、正当な理由がある(悪意の遺棄には当たらない)と判断しているようで、1つ目の裁判例もほぼ同様な考え方と思われます。

 なお、もちろん、悪意の遺棄が認められた裁判例も多く存在します。しかし、実際、悪意の遺棄が認められた裁判例の内容を見てみると、別居に際し、各種生活費や社会保険等を外して生活を困窮させたり、配偶者の体調等が悪いのに別居を開始するなど、一見して悪性が強いケースが多いといえます。

 そのため、裁判例を読む際には、単に短い判示部分を確認するだけでなく、全体をきちんと読むことが欠かせません。

まとめ

 実際、別居したいけれども、色々とご自身でインターネットでお調べになり、悪意の遺棄にあたるか不安で別居に踏み切れない、という方はしばしばご相談にいらっしゃいます。

 最終的には、裁判所の判断となりますが、まずは弁護士にご相談いただくのがいいと思います。

 あいなかま法律事務所では、無料相談を実施しておりますので、別居を考えているけれども悪意の遺棄にあたるかどうか心配と思われている方は、お気軽にご相談ください。