特有財産からの収入と婚姻費用・養育費について
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婚姻費用の算定の際、しばしば、それぞれが自身の収入等々は無関係に、相続などで取得したいわゆる特有財産からの収入がポイントになることがあります。
典型的な例としては、子どもがいて仕事はしていないのだけれども、父から相続した不動産があり、家賃収入が発生しているが、それはそのまま貯金しており生活費に充てていない、といったケースです。
私が取り扱っているケースでも、しばしば見かけることがあります。
この点について、考え方をご紹介するとともに、最近の私の経験や考えをお伝えします。
特有財産からの収入が、生計の資とされていたかによって判断する考え方
この類型における一般的な理解は、特有財産からの収入(先ほどのケースでいえば、相続で取得した不動産からの家賃収入)が生計の資とされていたか(生活費として生活に充てられていたか)によって判断するというものです。
これは、以下の審判例が根拠となっているもので、概説書等からすれば、比較的一般的な理解かと思われます。
申立人と相手方は、婚姻から別居に至るまでの間、…、専ら相手方が勤務先から得る給与所得によつて家庭生活を営み、相手方の相続財産またはこれを貸与して得た賃料収入は、直接生計の資とはされていなかつたものである。
従つて、相手方と別居した申立人としては、従前と同等の生活を保持することが出来れば足りると解するのが相当であるから、その婚姻費用の分担額を決定するに際し考慮すべき収入は、主として相手方の給与所得であるということになる。
東京高等裁判所決定昭和57年7月26日(家庭裁判月報35巻11号80頁)
この考え方に従えば、特有財産からの収入について、これまでどのように使われてきたか(生活費として使われてきたか、それとも手を付けずにそのままにしていたか)によって判断が分かれる、ということになります。
特有財産からの収入を、当然に婚姻費用・養育費の基礎となる収入として参集する
しかし、この考えと真っ向から対立すると思われる、以下の審判例があります。
しかし申立人主張の如き妻の特有財産の収入が原則として分担額決定の資料とすべきではないという理由または慣行はない。
…このような場合において申立人の特有財産である前記共同住宅の賃料収入を考慮し婚姻費用の分担額を決定することは当然のことである。
東京高等裁判所決定昭和42年5月23日家庭裁判月報19巻12号39頁
これが、比較的近接した時期に、同じ東京高等裁判所の判断として出されていることにまず驚きますが、上記考え方によれば、特有財産だからと特別扱いせず、収入として算入する、という考え方になります。
2つの審判例をもう少し細かく検討してみます。
これを二つ並べて、色々な考え方があります、とまとめることは簡単ですし、一般には、新しい方の審判例である生計の資とされていたかどうかによって判断される、と説明されることが多いといえます。
私が昔読んだ解説書でも、生計の資とされるかどうかで判断される、と説明されていた記憶で、最近出版された本でも、生計の資かどうかで判断されると明記している本がありました。
しかし、弁護士としては、2つの対立する(と思われる)審判例があるのであれば、それぞれの事案を検討するところから始めるべきといえます。
そこで、まずは、2つの審判例を、細かく見ていくこととします。
以下では、先に紹介した、生計の資かどうかがポイントと判断した審判例を「生計の資」決定と、後に紹介した、当然考慮するとした審判例を、「当然考慮」決定と呼ぶことにします。
なお、以下に記載することは、すべて私の私見となりますので、あらかじめご了承ください。
「生計の資」決定の事実関係や考慮要素
「生計の資」決定では、婚姻費用を支払う夫が、6億円以上の不動産を相続し、賃料として主張されている範囲で月額7万円を得ていました(実際には、もっと多いことが想定されます)。
これについて、婚姻費用を受け取る妻側が、夫の収入として、賃料を算入することを求めた事案です。
裁判所は、 このケースで、婚姻から別居までの間、夫が勤務先から得ていた給与で家庭生活を営んでおり、賃料収入を生活費に入れていなかったことを指摘し、従前と同等の生活を保持することができれば足りるとして、賃料収入を婚姻費用の算定において加算することを認めませんでした。
ここで、ポイントとなっているのは、従前と同等の生活を保持することができれば足りる、という点かと思われます。
別居して、婚姻費用を請求することとなった際に、これまで家庭の生活費として利用していなかった不動産の賃料収入について婚姻費用として支払うこととなれば、これまでの生活水準を大きく上回る場合も生じ、不適切と考えたのかもしれません。
婚姻費用の考え方
なお、「生計の資」決定は、婚姻費用について、従前と同等の生活を保持すると述べています。しかし、現在は、婚姻費用(養育費)は、自己の生活を保持するのと同程度の生活をさせる、生活保持義務と考えられており、今の考え方と若干異なる審判例です(これは、やや古い審判例なのでやむを得ないといえます)。
そのため、同程度の生活をさせる生活保持義務を前提とした場合には、上記1の前提が変わるため、異なる判断となる可能性も十分にあり得るといえます。
「当然考慮」決定の事実関係や考慮要素
これに対して、「当然考慮」決定では、不動産の賃料収入を得ていたのは、婚姻費用を受け取る妻であり、その金額は、毎月3万円でした(ただし、昭和40年頃の話ですので、貨幣水準に留意してください)。もともと妻が持っていた不動産を売却し、新たに得た不動産で賃料収入を得ていたようです。
このケースで、裁判所は、端的に「妻の特有財産の収入が原則として分担額決定の資料とすべきではないという理由または慣行はない。」と指摘しています。
その上で、このケースが、離婚の話し合いがこじれて別居に至り、妻側から離婚訴訟が提起され現在も係属中であるという事情を指摘し、「このような場合において申立人の特有財産である前記共同住宅の賃料収入を考慮し婚姻費用の分担額を決定することは当然のことである」と判断しています。
このケースでは、端的に、特有財産からの収入であっても婚姻費用の算定に含めると判断しています。その考え方のベースは、特有財産からの収入も、生活費に入れるべきだ、ということに他ならないといえます。
この二つの審判例を分けたポイント
この二つの審判例を分けたポイントがどこにあるのか、はっきりとはしませんが、いくつか考えられるポイントとしては、以下のポイントが考えられるかもしれません。
- 婚姻費用を支払う側の特有財産の収入か、婚姻費用を受け取る側の特有財産の収入かが影響した可能性。
- 別居後に、生活費として利用していたかどうかが影響した可能性。
東京家庭裁判所の現在
この記事を作成した動機でもありますが、東京家庭裁判所の婚姻費用分担請求調停で、最近、何件か、同居中に生活費として利用しておらず、現在も生活費に充てていない特有財産からの収入について、調停段階ではありますが、立て続けに収入として算入すべきである旨の考えを告げられたケースがありました。
いずれも婚姻費用を受け取る側で、この記事で紹介した生計の資とされていたかどうかを基準とする考えであれば、いずれも収入として算入されないケースでした。
いずれ、婚姻費用を支払う側で争いとなった場合に、どのような判断をするか、気になります。
すべて収入として入れる方向へ移行しているか?
現在の考え方として、すべて収入として算入するという方向にシフトしている可能性も考えられます。
財産分与と異なり、特有財産の収入を婚姻費用の算定において区別する必要は必ずしもないこと、先ほど指摘した生活保持義務からすれば、特有財産の収入の分だけ生活に差が生じてしまうのは、妥当とはいえないこと、特有財産からの収入が非常に多い場合でも、婚姻費用や養育費は、算定表の上限額を上限とするなどの考え方での調整がされ、不当な結論が導かれる可能性はないとも思えます。
いずれ新しい審判例が見つかりましたら、またご紹介したいと思います。
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