司法試験受験生に向けた、裁判例の読み方、勉強の仕方をご紹介します。
この記事を読むのに必要な時間は約 14 分です。
この記事は、司法試験受験生に向けた記事となります。
最近、重要判例解説、いわゆる重判を読む機会がありました。久しぶりに業務と関係ない裁判例にあたって細かく検討し、司法試験受験生の頃のことを色々と思いだしました。
私個人的には、司法試験の受験にあたり、裁判例をきちんと読み込むことは非常に大切だと考えているのですが、インターネットで受験生向けの記事を読んでも、裁判例を読みこむことの重要さを説明している記事は、あまり見当たりませんでした。判例が重要と指摘する記事でも、判例百選の事案と判旨をきちんと読みましょう、という内容の記事が多く見受けられました。
ここには、裁判例を事案からきちんと読むことは、時間がかかりすぎて非効率的だ(タイパが悪い)という価値判断があるのだと思います。
しかし、私個人としては、それでは、司法試験の勉強としては、物足りない、と思います。
法科大学院に通っていれば、図書館で判例検索システムを利用できると思いますので、判例百選等の判例集に載っている裁判例について、全部とは言わないですが、論文試験で問われたもの、問題演習で扱ったもの、法科大学院の講義で扱ったもの(講義で扱うものは、基本的に重要です)など、時間がかかっても、同システムで検索し原文を印刷して読み込む、最高裁判例で事実関係がわからなければ、下級審も併せて印刷して事実関係を確認する、というのが望ましいと考えています。できれば原審から読む方がいいです。
そこで、以下では、私の個人的な見解ですが、裁判例を読むメリットと、裁判例の読み方をご説明したいと思います。
裁判例を読むことをご説明する前に~試験に臨むにあたっての考え方~
細かな読み方の解説の前に、なぜ私が受験勉強の方法としてこの方法を推奨するのかをご説明します。
受験生の目標は、司法試験に合格することです。司法試験の合格率は、3割以上、最新のデータでは、4割を超えています。戦略的に考えれば、一緒に受験する受験生のうち上位3割に入ることが目標です。
試験範囲は限定されており、大体主流の教科書、判例集その他参考文献を利用しており、トップ層を除き、知ってること(基本書や判例集等で見たことがあること)の範囲は同じです。
合格、すなわち受験生全体の上位3割を狙うなら、インプットの観点では、知識の範囲としては多くの受験生が使っている基本書や判例集の中から選び、周りの大多数が知っているのに自分は知らないという状況を発生させないこと、この内容を正確に覚え、理解し、深めていくというのが適切な戦略です。
採点実感を見ても、表面的な知識としてはそこまで受験生に格差はないけれど、適切に理解しているかどうかで差が生じている、という趣旨の指摘が繰り返しされているのは、ご理解いただけると思います。
知識を深く理解して覚えるための一つの重要な勉強法として、私個人としては、いわゆる論証集を繰り返し読む、という方法よりも、裁判例を事案を含めて読むことが、覚えやすく、また深く理解できると思います。
以下では、特に論文試験を意識し、より具体的に裁判例を読むメリットをご説明します。
判例法理を覚えるため、裁判例を読む
裁判例で覚えるべきこと
大前提として、知識を覚えることが重要です。
では、何を覚えればいいのでしょうか。覚えるべきことの中心は、何と言っても、裁判例がどのように条文を解釈しているか、その判例法理や判旨、結論にあたる部分です。これを知らないと、答案は書けないでしょう。
では、その判例法理、規範の部分だけ抜き出し、繰り返し目を通し、音読する、いわゆる暗記をすればいい、と考える方もいるかもしれません。ですが、これは、非常に難しい。
六法+行政法+選択科目分暗記する必要があり、単純な暗記に頼るのは非現実的と思います。
勉強法としても、論証を丸暗記というのは、非常にストレスがかかります。少なくとも私は単純な暗記は苦手で、このやり方では絶対に覚えられないことは自分で分かっています。
ストーリーは記憶に残りやすい
ではどうすれば覚えられるのか、ここですぐに結論を説明する前に、例をご紹介します。
突然ですが、高校の国語の授業で、森鴎外の『舞姫』を読んだことはありませんか?どんな内容だったか、覚えていますか?明確に文言を思い出せないとしても、ドイツに留学に行った学生が現地の女性と恋に落ちる話といわれれば、大まかなあらすじや、印象的なエピソード、独特の言い回しなど、一部思い出せる部分もあるのではないでしょうか。
昨年見た映画を思い出してください。できれば家のテレビで見た映画が望ましいです。昨年見た映画なら、タイトルを聞けば、印象的なシーンやエピソード、セリフ、俳優などいくつか思い出せることがあると思います。
当時、必死に覚えようと思ったわけではないと思いますが、かなり長期間覚えています。なぜ覚えているのか、私なりに端的に説明すると、
- 自分の体験と結びついている
- ストーリーがある
- エピソードやせりふがその場面に応じて印象深い
というような理由だと思います。
裁判例との関係では、②のように、単なる無味乾燥な判例法理(文字列)の羅列ではなく、一つ一つの判例法理に少しでもストーリーがあると、記憶に定着しやすく、また試験の場で思い出す手掛かりになると思います。
なお、いわゆるストーリー記憶術と呼ばれる記憶術がありますが、これも、ストーリーが覚えやすいという根本は同じです。
ただし、私がご説明したいことは、この記憶術とは異なるものです(無関係なものをストーリー仕立てにして覚えるということを説明したいのではありません)。
判例をストーリーとして読んで記憶に定着させる
この記憶力を、判例法理を覚えることに応用します。
判例法理が出るにあたっては、その判断がされた裁判の事実関係があります。そこで、まずは、その事実関係を確認し、(民事であれば)原告と被告が何についてどのように紛争になり、なんの請求原因にもとづいて訴訟が提起され、どうしてそこが争点になったのかを大枠として確認します。
事実関係の部分については、覚える必要は全くありませんが、もし可能なら、当事者がどのような気持ちで紛争に至ったのかや、判例の興味深いと感じた部分、なんでこんな紛争が生じてしまったのかといった部分を、小説を読むような感覚で感じるといいと思います。
私が今でも覚えているのは、いわゆる「大阪南港事件」の裁判例です。(事例の適切な理解とはいいがたいですが)港で倒れていたら角材で頭をたたかれた!という驚きエピソードとして記憶しています。
事案に結び付けて覚えることで、単に判旨の部分だけを何度も見返すより、確実に記憶に定着させられます。
試験で適切な判例法理を思い出すため、裁判例を読む
テストでは書けなかったけど、友達と話していて思い出した、テスト中に思い出せなかった、という経験は、だれしもあると思います。俳優の名前がどうしても思い出せず、友達から言われて、「その人!」となることもあるでしょう。
覚えていることと、思い出せることの間には距離があります。判旨や規範を丸暗記する記憶法では、無味乾燥な記述の丸暗記となり、別途確実に思い出すトレーニングが必要となります。
しかし、裁判例を事案まで読んでいると、裁判例の事実関係が、思い出す一つのきっかけとなり、思い出せなかった!ということは少なくなります。
また、論文試験で的外れなことを書いてしまった、という経験はだれしもあると思います。これは、判例法理を、該当部分だけぶつ切りで覚えていることの重大な副作用といえます。
これも、判例法理について、実際に適用された事案が印象に残っていれば、避けられる事態です。
規範定立と当てはめの練習のため、裁判例を読む
試験の最終目標は、論文試験の答案に適切に回答することです。論文試験では、いわゆる法的三段論法に従って起案するようにと指導されると思います。
これは、どのような事案について、請求の根拠を示し、抗弁等を整理したことを前提とし、争点について、理由を述べて規範を定立し、当てはめて結論を出す、というプロセスです。
この中で特に受験生が悩むのは、そもそも適用条文を適切に判断できないことと、規範定立が適切にできない(当てはめと適切に分けられない)、ということではないかと思います。
適用条文の問題については、裁判例をきちんと読めば、そもそも何の請求で請求の根拠となっている法令がなんであるのか、問題となっている条文は何なのかは明確に書いてあります。これを間違えるのは、法律解釈を、事案と離れたものとして把握しているからという面が大きいといえます。裁判例を読み、読んだ裁判例について適用条文を確認する作業を行っていけば、このミスは減っていきます。
また、規範定立については、実際のところ、規範定立と当てはめを分けて話すのは日常言語からは大きく離れた言い回しになり、日常の試行プロセスとややずれるため、慣れないととても難しいと思います。
これらについても、裁判例を読めば、(裁判例によりますが)規範定立と当てはめが明確になされています。判例を読んで、当てはめまできちんと確認すれば、論文の書き方の訓練にもなるのです。
なお、裁判例によっては、明確に規範定立をしていないこともあります。このような場合でも、法律の判断である以上、条文について何らかの理由があり、その理由を踏まえた明示されていない規範が定立されたうえで、これに当てはめがされて、結論が出されている、と考えるのが法的思考です。そして、その明示されていない理由や規範を説明するのが通説、と理解できるかと思います。
この場合は、判例を読みながら、通説を確認し、判例の判断がどのように通説に落とし込まれているのかを意識することで、通説の規範や理由付けをより適切に理解し、することができます。
事実関係を素早く把握する練習になる。
受験生の皆様の中に、自分は読むのが遅い、問題文や基本書を理解するのに時間がかかる、と悩まれている方もいると思います。
基本書についてはじっくり読んで何も問題ないと思いますが、問題文を素早く読んで事実関係を理解するのは、受験にあたって必須スキルといえます。
では、問題文をどうすれば素早く読み事実関係を理解できるのか、ということですが、これは比較的簡単です。人間は、知っていること、慣れていることは早く読み理解できますし、知らないこと、慣れていないことは時間がかかります。
裁判例には、当事者が主張している多くの事実関係のうち、裁判所が審理に必要と判断し、かつ証拠等から認定できる事実関係だけが記載されていますが、司法試験の問題としてみれば、これでも過剰な事実が記載されています。裁判例をたくさん読み、読みなれていくことで、司法試験の問題程度の分量であれば、事実関係を素早く把握し、必要な事実をピックアップする能力が自然に鍛えられます。
これから紹介する裁判例を読んだのちに、司法試験の民法の問題文を読むと、司法試験の問題はなんと事案がシンプルに書かれているのだろうと感想をいだくと思います。
実際に判例を読んでみる
例として挙げるのは、最高裁平成8年10月29日(平成5年(オ)第956号)です。私の手元に有る民法判例百選Ⅰが第6版に掲載されていますが、もし最新の百選に掲載されていなければご容赦ください。敢えて、事実関係が入り組んでいる裁判例を選んでいます。以下、ものすごくざっくりまとめてみます。
判例データベース等から該当する最高裁判例を探し、印刷します(線が引けるなら、PDFファイルにしてタブレット等で閲覧できる状態にしてもいいかもしれません)。見たところ、最高裁判例に事実関係が記載されていますので、原審の裁判例を印刷しなくてもいいかもしれません。
初めに、事実関係をざっくり読んで、当事者や紛争の経緯を確認します。もし当事者の主張が初めに書いてあった場合には、それは基本的に割愛し、裁判所の認定した事実関係の部分から読みます。事実関係を確認したら、裁判所の判断を、ここはある程度丁寧に確認します。
事実関係によれば、所有者Aが、自治体に対して本件土地を売却しその後は市道として使われてきたが、分筆の際の手違い等もあり、登記が経由されない状態でした。
その後30年近く経過した後、所有者Aは、固定資産税がかかったままの状態であった本件土地をB社に売却し、B社はさらにC社、D社、E社に転売し、登記を移転しました。B社は、この際、市道の廃止を求める同意書等を徴するなどしていました。(敢えて30年近くという年月を指摘していますが、一般に、時の経過は非常に重要です)
E社がこの土地上にプレハブを建てるなどしたため、自治体がE社に対して、所有権や道路管理権に基づき訴訟提起をした(E社も反訴)事案です。
その上で、原審は、所有権に関して、B社が背信的悪意者であり所有権取得をもってAに対抗できない以上、C社、D社、E社も所有権取得を対抗できないと判断しました。
これに対し、最高裁は、2つの理由をもって、転得者が背信的悪意者と評価されるのでない限り、所有権取得をもって対抗できると判断し、これについて当てはめをし、E社が背信的悪意者にあたるかの審理のため差し戻しをしています。(ここは、じっくり読みこみます)
そのあと、その余の請求について審理していますが、民法と無関係なので読まなくて大丈夫です。
ここまでが、裁判例を読んで把握できることです。
裁判例に目を通し終わったら、事実関係について不明な点などあれば、原審の認定事実などを確認します。今回の判例法理と直接関係はありませんが、原審で、どういう理由でB社が背信的悪意者と判断されたのかは、気になる方もいるかもしれません。
この裁判例は明確に規範が立てられ、理由が述べられていますが、明確に規範が立てられていない裁判例もあります。その場合には、通説でどのような規範が立てられているのか、その規範の理由を、判例集の解説(や基本書等)で確認します。
そして、この判断が、どうして百選にのるくらい重要なのかということを確認するため、判例百選の解説に目を通します。覚えるのではなく、なんでこれが重要なのか、どんな意義があったのか、ということがぼんやりとわかれば十分です。解説がよくわからなければ、解説自体が分かりにくいんだと自分を納得させて理解することを諦めます。
最後は、論文試験を意識して、この裁判例がそのまま試験に出たら、どういう理由で、どのような規範を定立するのか、これをどのように論文に書くかをイメージしながら、判例の重要部分を読み直したり、判例法理を確認します。
時間がかかりすぎる?
ここまでご説明すると、ものすごい時間がかかると思われるかもしれません。実際、慣れるまでは時間がかかると思います。この裁判例は、事実関係の部分で、受験生にはあまり必要のないことが書かれており、特に読みづらく時間がかかったと思います。
ですが、慣れていくと、重要な部分を把握する能力がつき、必要ない部分、飛ばしていい部分を判断できるようになり、事実関係を読む時間はかなり短縮できます。
裁判例の事実関係を把握するだけなら、往復の電車の中やちょっとした待ち時間など、短時間や集中力に欠ける状態でも可能です。
一度、判例の事実関係を把握しておくと、今後、暗記をしようというときにも、あ、あの土地が市道として使われてた判例!B社はちょっと背信的だった!という形で、記憶に残りやすく、覚えるのが楽になると思います。
要領よく暗記した方がいい、裁判例の事案を読むのは時間の無駄だし、そんなに時間はないと思われる方もいると思います。ですが、急がば回れです。人間は、そんな要領よく記憶できません。
難しい論点であればあるほど、単純な暗記よりも、裁判例の事案をきちんと把握し、どのような論点なのかを確認し、どのような内容を当てはめているのかを確認した方がいいです。
司法試験の採点実感でも、判例の事実関係を把握することの重要性は度々指摘されているところです。正直、判例百選に紹介されている程度の事実関係では不十分な部分も多く、重要な判例に関しては、判例データベースにあたることが大切と思います。
判例法理の縦(歴史的経緯)と横(対立する学説)
少し話は外れますが、判例法理を理解するにあたって、私の言葉でいうと、縦と横を意識することは、大切です。
どうしてこのような判断がされるに至ったのか(判例が出るまでの状況)、この判例法理について、現在どのような批判がされているのか(対立説の主張)、というのは、判例を立体的に理解するために欠かせません。無理に調べる必要は全くありませんが、基本書や判例集の解説で触れられていたら、どんな点が批判されているのかや、どんな価値判断が存在するのかは、ちょっと目を通しておくといいと思います。
問題演習はもちろん大切ですが、問題演習では論文は上手にならないかもしれません。
勘違いいただきたくないのは、判例を読めば大丈夫、ということが言いたいわけではないことです。最終的には、ある程度暗記に頼らざるを得ない部分もありますし、もちろん問題演習は十分にこなすべきです。
ただ、人は、自分の知らないこと、理解していないことは書けません。
論文が上手く書けないという場合、その原因は、論文の書き方が下手というよりも、論点や事案について十分に理解ができていないため、あいまいな記述になってしまうというケースの方が多いと思います。
そうであれば、問題演習を繰り返すより、一旦裁判例を読む作業に戻った方がいいかもしれません。
まとめ
今回は、司法試験受験生向けに、受験生にとって裁判例を読む重要性や、受験生のための裁判例の読み方をご紹介しました。
もし受験生の方がこの記事を読まれましたら、まず、今日勉強した論点のうち、1つでも、判例データベースから裁判例を印刷して読んでみてください。色々な発見があると思います。